院内感染対策と設計デザイン           人とモノの関係性について

 院内感染(医療関連感染)対策にデザインは欠かせません。ただここでお話したいのは、もっとオシャレにしようという見た目の話ではありません。人(医療従事者)とモノ(感染予防製品や環境)の関係性を注意深く観察し、「行為につながるデザイン」が重要だということを少し考察してみたいと思います。

Keywords ; アフォーダンス、人とモノの関係性、デザイン、UXデザイン、手指衛生、個人防護具PPE、教育、人間工学

感染対策とアフォーダンス
 アフォーダンスとは元々、米国の生態心理学者のJames Jerome Gibsonが提唱した造語であり、解釈はちょと複雑ですが、簡単に言うと「動物とモノの間に存在する行為についての関係性」のこと。例えば、医療施設では、医療従事者とアルコール製剤のディスペンサーとの両者の間に「手指を消毒する」というアフォーダンスが存在します。あるいは「アルコール製剤のディスペンサーが手指を消毒するという行為をアフォードする。」と表現します。逆にいくら優れた消毒効果を持つ製剤であっても、そのディスペンサーで「手指を消毒する」という行為ができなければ、そこに「関係性」は存在せず、アフォーダンスはないということになります。
 昨今の医療施設における手指衛生剤やPPEのディスペンサーと医療従事者との間には、アフォーダンスは本当に存在しているでしょうか?携帯型の手指衛生剤も多く出回っていますが、携帯すると便利という発想が、手指を消毒するという行為を本当にアフォードしているでしょうか?
 
■教育だけで手指衛生は向上できるか?  
 院内感染対策の向上に「教育」は欠かせませんが、「教育だけ」でそれらの向上を図るには限界があると考えています。これまで手指衛生や個人防護具PPEの遵守に関しては、医療従事者個人の問題として「教育」が重視され、規律の強化や監視とも言える手法も取られてきましたが、ディスペンサー等の病院環境と医療従事者の「関係性」に関しては、これまで十分な議論がなされてきたとは思えません。ここでいう「関係性」とは、操作感や使いやすさといった「ユーザーインターフェイス」や「ユーザビリティ」のことだけではなく、医療従事者の一連のケア・プロセスの中で自然に、極端な話、無意識でもその行動をとるといった視点、知覚でディスペンサーや病院環境がデザインされているかどうかという、もっと包括的な状況を指します。

 手指衛生やPPEが適切にできない理由に、個人の知識不足やモラルの欠如、さらには育った環境や生活習慣まで様々な要因が指摘されています。その結果、「教育」が最重視されるのは当然ですが、上記にあるように、人だけでなく、モノ(環境)とその関係性を深く読み解けば、違う切り口による解決策が生まれるかもしれません。現在の施設環境はこれまでの慣習や作業効率が優先され、感染予防の行為を促すようなデザインを考慮に入れていない可能性が高く、特に手指衛生やPPEのディスペンサーに関しては、上記のような検証がなされてきたとは言えません。

■デザイン視点は、感染対策に必須
 デザインは数値化できない感性に関わる部分でもありますが、思わず目を引く、興味が湧く、触ってみたくなるといった感覚に訴える要素は重要な性能の一つであり、ここでの医療従事者と環境との関係性は、感染対策の遵守率に影響を与える可能性があります。識別しやすくする意味で、ディスペンサー等の「色」や「位置・高さ」の選択も重要です。周囲環境との調和も大切ですが、その結果、識別しにくくなっている場合が多々見受けられます。あえて、調和を乱す色を選択する、邪魔になる場所に設置するという選択肢も、感染対策という目的からすれば、「有り」かもしれません。
ディスペンサーの「デザイン」、「色」、「場所」、「高さ」が遵守率に影響を及ぼしている 可能性がある。

■感染対策(手指衛生、個人防護具PPE)は業務プロセスとして捉えられているか?
 また、人やモノの関係性だけでなく、感染対策(手指衛生、PPE)は業務プロセスの中で、メインの業務の一つとして本当に捉えられているでしょうか。医療従事者の業務は専門職によってそれぞれですが、感染対策は自分たちのメインの業務ではなく、場合によってはメインの業務を遅める、妨げる面倒な作業と深層心理で認識されている可能性はないでしょうか。
 医療施設における業務は通常、複雑で連続するプロセスとして発生しているので、業務同士の「関係性」がここでも重要になります。人間工学(ヒューマン・ファクター)的にも、業務の関連づけに支障があるとその業務は孤立し、孤立した業務は本来の業務として重視されず、スキップされる可能性が高くなるといいます。
 既存の業務に手指衛生等の感染対策を無理やり挿入していくのではなく、感染対策の視点から各職種ごとの業務プロセスをあらためて見直すという捉え方も、本末転倒と思われるかもしれませんが、患者さんの安全を守るという真の目的からすれば、検討すべき課題だと考えます。

■終わりに
 感染対策のアフォーダンスも業務プロセスの見直しも最初にやるべきことは、「観察」ではないでしょうか。行動科学の観点からも、施設環境やデザインの影響で、医療従事者が無意識で手指衛生しないことを選択している可能性もあります。
 「観察」は「ラウンド」とは異なります。感染対策責任者は、監視・指導者としてではなく、フラットな視点でつぶさにありのままの行動や環境を長時間観察することによって、現場の医療従事者が意識しないで行っている行動、顕著化していない意識など、現場担当者が言葉では語れない要素を抽出できるかもしれません。遵守率が上がらないのは、個人の責任だけでなく、環境やデザインに起因する可能性があることを管理者は常に意識する必要があると思います。

「デザイン vs UXデザイン」 人間の行動を理解するデザインが感染予防にも必須。
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 私たちモレーンは、感染予防対策の課題に対して、その問題は何なのか?これまでの常識に囚われず、その問題を捉え直し、新たな切り口によってより良い解決策はないのかといつも考えています。当事者意識のセンサー感度を最大限にして現場を深く観察させていただき、ご担当者と議論を重ね、仮説を立てて、検証、計測のフィードバック・ループを回していく。

 今回は少し真面目なポストとなりましたが、我々の考え方にご興味を持っていただける医療施設の方がいらっしゃいましたらぜひ、ご一報ください。新しい何かをご一緒に発見できたら素晴らしいですね。

参考文献;
1)デザインの生態学 後藤武・佐々木正人・深澤直人著 東京書籍
2)Hand Hygiene and Human Factors / Systems Engineering
     Carla J. Alvardo, University of Wisconsin-Madison
 


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