在宅ケアにおける新型インフルエンザ感染対策


はじめに
 WHO2010810日に新型インフルエンザの警戒水準を最高レベルのフェーズ6から「終息期」に変更しました。世界的大流行を示すフェーズ6に引き上げられてから1年2ヶ月ぶりの変更であり、これで正式に新型インフルエンザ・パンデミックは終息したこととなります。しかしながら、WHOは終息を宣言しつつも加盟国に対して、監視の継続を引き続き求めており、日本の厚生労働省もパンデミックが過ぎたとしても感染拡大に警戒しなければならない状況は変わらないとコメントしています(日本経済新聞812日)。
 この状況で新型インフルエンザ・パンデミックは本当に終息したと認識していいのでしょうか。ここでは新型インフルエンザに対する今後考えられるリスク及び在宅ケアにおける感染対策の実際を述べたいと思います。

新型インフルエンザの脅威は去ったのか
 日本でも新型インフルエンザは昨年の8月中旬に流行入りをし、11月末には流行のピークを迎えて大混乱となり、その後は減少に転じて今年の3月には定点医療機関当りの患者数は0.77(通常のインフルエンザ流行開始の目安1.00)まで減少、さらに病原性が低いとわかると、世間はあっと言う間に何もなかった様に日常に戻ってしまいました。しかしながら、これで新型インフルエンザの脅威が去ったと考えるのは早急です。これはあくまでも新型インフルエンザ2009H1N1の終息であり、今後、これまでの一般的な季節性インフルエンザと混在、混合する可能性や、一部地域で発生している致死率の非常に高い鳥インフルエンザH5N1と混合し、病原性の高い新型インフルエンザに変異する可能性も否定できません。来るべき次の波に向けての警戒態勢は、引き続き継続する必要があります。

新型インフルエンザの感染経路
 感染対策を決定する上で最も重要なプロセスの一つに、その病原性微生物の感染経路の特定があります。新型インフルエンザは変異していく可能性があるので、その感染経路を断定することはできませんが、通常の季節性インフルエンザが手指などに付着したウィルスを体内に取り込む「接触感染」や、咳やくしゃみ、唾などの飛沫の曝露による「飛沫感染」であることから新型インフルエンザに対しても基本は、「接触・飛沫感染」と言えます。しかしながら、エアロゾルが発生する処置等、特にリスクが高いと考えられる場合は、他の予防策と共に「空気(感染隔離)予防策」も考慮に入れる必要があります。

新型インフルエンザの感染対策
 感染経路の予測ができることから、在宅ケアにおける新型インフルエンザの感染予防対策は非常にシンプル。下記の5点となります。;

  1. 手洗い(手指衛生)
  2. ワクチン、抗ウィルス薬
  3. 個人防護具(マスク、手袋、ガウン、ゴーグル等)
  4. 咳エチケット
  5. 室内換気

 たとえワクチンや抗ウィルス薬を事前に十分に準備することが可能でも、ウィルスの変異や抗ウィルス薬耐性のウィルス発生等、その効果が確実でないことから、手指衛生と個人防護は、必須であると言えます。
 手指衛生は、流水による手洗いだけでなく、擦込み式速乾性アルコール製剤も目視で明らかな汚染が無い限り有効です。手指消毒剤を常に携帯し、処置の前後に使用することは重要です。手袋をしていても、常在菌の繁殖やピンホールの問題があるので、手袋を脱いだ後も必ず、手指衛生が必要です。
 また、特に事前の準備(備蓄)と専門知識が必要なのが個人防護具です。
 ここで重要なことはリスクに応じて適切な個人防護具(サージカルマスク、N95マスク、手袋、ゴーグル、ガウン、エプロン、キャップ等)を選択し、正しく装着するという事。大は小を兼ねるといった考え方で過剰な防護具を選択するとコストの問題から十分な量を確保できなかったり、息苦しさや暑いといったアメニティの問題が起こり、装着率の低下につながります。
 通常のケアであれば、サージカルマスク、手袋、プラスチックエプロンが基本となり、必要に応じて、ゴーグルの装着、エプロンをガウンに変更します。

喀痰の吸引は特に感染リスクが高い
 特に呼吸器防護に関しては、注意が必要です。前にも述べた様に新型インフルエンザの主な感染経路は接触および飛沫感染と考えられているので、通常は不織布のサージカルマスクで十分対応可能ですが、エアロゾルが発生する処置の場合は、普通のサージカルマスクではエアロゾルの細かい微粒子を防御できず、専用のマスク、N95が必要となります。特に吸引や挿管時には多量のエアロゾルが発生するので、十分な室内換気と共にN95マスクの着用が望まれます。介護職における吸引処置の適用の動きがある中、職員の感染予防教育も今後、必須と考えられます。

写真1. 吸引時の個人防護具(N95マスク、ゴーグル、ガウン、ニトリル手袋、キャップ)


使用済みの個人防護具は、脱衣の手順が重要
 使用済みの個人防護具は、汚染されており防護具そのものが感染源となるため、外す手順が重要となります。ここに空気感染防護具の脱衣の手順を示します。;1)手袋を外す。2)ガウンを脱ぐ3)手指衛生を行う4)キャップを外す。5)ゴーグルを外す。6)清浄エリアに出る。7)マスクを外す。8)手指衛生を行う。ポイントは、できるだけ汚染部位には触れないように脱ぐこと、首から上のPPEを外す前に必ず手指衛生を行うこと、適切な場所にダストボックスを配置することです。下記サイトで参考画像を確認できます。ご参照ください。

おわりに
 医療関連感染予防(院内感染予防)には2つの目的があります。1つは患者さん、利用者さんを感染から守るという事、そしてもう1つは医療従事者を感染から守る事です。新型インフルエンザのように爆発的に感染が広がる疾病の場合、医療従事者自身が市中で感染し、施設または家庭に持ち込む可能性もあるので、流行中は、自身を守るためだけでなく、自身の飛沫を封じ込める為にサージカルマスクの着用は必須となります。また、在宅ケアでは状況によってマスクやグローブ等の防護具を、相手に申し訳ないという思いから装着しづらい場面があると聞きます。しかしながら、自身を感染から守ることができなければ、自身が感染源となってしまい、患者さん、利用者さんを感染から守るどころか、逆に危険に曝すことになります。患者さん、利用者さん、またはそのご家族に対して、個人防護具の重要性を説明し、理解してもらうことは非常に重要です。

参考文献

  1. 厚生労働省:新型インフルエンザ(A/H1N1)対策統括会議 報告書 2010610
  2. 厚生労働省:「医療の確保、検疫、学校・保育施設等の臨時休業の要請等に関する運用指針」の改訂について 平成21625
  3. CDC : Interim Guidance on Infection Control Measures for 2009 H1N1 Influenza in Healthcare Settings, Including Protection of Healthcare Personnel, July 15, 2010
  4. CDC : Guidance for the Selection and Use of Personal Protection Equipment (PPE) in Healthcare Settings, May 20, 2004

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