診療報酬改定と感染防止対策加算、そして費用対効果


 この4月、診療報酬が改定となり、「感染防止対策加算」に関しても加算1の施設は、平成27年3月31日までに厚労省・院内感染対策サーベイランス(JANIS)事業の内、検査部門への参加が必須となりました。

厚生労働省 診療報酬・個別改定項目について;
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000037464.pdf

 この改定に関しては多くの医療現場から「なぜ、JANISだけなのか?」「しかもなぜ、検査部門だけなのか?」等と、多くの疑義があがっています。JANISのサーベイランスは実施していないが、日本環境感染学会のサーベイランスシステムJHAISに参加していたり、JANISでも検査部門は外注のため実施していないが、SSIやICU部門を厳格にデータ収集・分析している加算1の施設も多く存在するからです。加算1の施設は地域連携加算も含めれば500点もの加算となるため、大きな議論になるのは当然のことです。

 今後、多くの加算1施設からJHAISをはじめとした他のサーベイランス・システムを認めるようにとの要請が厚労省になされることは必至ですが、なぜ、このような決定が厚労省でなされたのかを「費用対効果」をベースに自分なりに少し勝手に考えてみました。 

ちなみに今回の感染防止対策加算, 巨額の医療費が支出されていると予想されますが、その総額を下記に概算してみます。

 メディカ出版INFECTION CONTROL編集部のウェブサイト(都道府県別「感染防止対策加算」届出病院一覧:登録ログインが必要)によれば;
平成24年12月現在で, 加算1の施設が全国で973施設, 加算2の施設が2,486施設とあり、この内、加算1の施設に関しては病床数を総計してみると445,050床、加算2は444,381床となります。また、前提条件として、加算1(400点)と地域連携加算(100点)はセットとし(合計500点)、平均在院日数を15日、病床稼働率は90%と仮定すると;
445,050.床 x 500点 x 2回(30/15日)x 0.9 = 400,545,000.点
約40億円/月 x 12ヶ月 = 約480億円が加算1の年間費用と算出できます。
また、加算2(100点)も同様に、
444,381床 x 100点 x 2回(30/15)x 0.9 = 79,988,580.点
約8億円/月 x 12ヶ月 = 約96億円が加算2の年間費用となります。

よって、約480億円 + 約96億円 = 約576億円/年が感染防止対策加算の総費用と推計できます。

感染防止対策加算には国民の理解が必要
 膨張し続ける医療費の削減は、国として取り組むべく急務とも言えますが、約576億円という巨費を支出してその効果を説明できなければ、国民の理解を得られないと考えるのは自然です。この加算により医療関連感染(院内感染)がどのように推移したかを知るのにサーベイランスは不可欠であり、その手法が施設によってバラバラでは説得力の高いデータを得ることは困難です。加算による費用対効果を明確にするためにサーベイランス・システムを統一しようというのはある意味当然とも言えます。JANISの検査部門データからは耐性菌の全体の分離患者数の推移を単純に見ることができるため(前年比何%削減等)、国民の目から見ても解りやすい情報と言えるかもしれません。また、中医協による平成24年度診療報酬改定結果検証に係る調査報告では加算1の施設の70.7%がJANISに参加(どの部門かの詳細は未記載)とのデータがあり、このことも今回の決定を後押ししている可能性もあります。

 但し、厚労省のこの改定の中身にも問題があるかもしれません。米国ではCDCによるNHSN(National Healthcare Safety Network)という国で統一されたサーベイランス・システムがあり、デバイス関連感染(CLABSI, CAUTI, CAPAP)とSSIを主なターゲットとし、介護施設を含む12,000施設以上で実施されています。
http://www.cdc.gov/nhsn/
米国でもかつて病院全体の感染状況を把握するための包括的サーベイランスが行われていましたが、労力の割に得られたデータを具体的対策に活用することが困難とのことから、対象を限定するデバイス関連サーベイランスに移行して行ったという経緯があります。欧州のサーベイランス・システムもNHSNに準じており、NHSNはグローバルスタンダードと言っても過言ではありません。今後、日本が統一したサーベイランス・システムを構築していくのであれば、グローバルにビッグデータを活用できるシステムを採用していくべきではないでしょうか。

 ちなみに日本環境感染学会のJHAISはNHSNに基本的に準じているので、厚労省と学会が議論をさらに深め、真に患者と医療従事者のためになる統一されたシステムを構築する必要があると思います。今後、各施設が加算1を得られるようにするとの目的で様々なサーベイランスを認めるとの方向に向かえば、正確な費用対効果を算出することが困難となり、国民の理解も得られないまま、延いては加算の予算そのものが見直しとなる可能性も否定できません。

 医療関連感染による過剰医療費は年間1兆円を超えると言われており*、この費用を削減するための切り札ともなるのが感染防止対策加算です。この投資対効果(費用対効果)を明確にするためにはサーベイランス・システムが不可欠であり、そのシステムは国の統一された仕組みとグローバルな視点が非常に重要であると僭越ながら考えています。

*森澤雄司ほか, 病院感染症の経済効果, ICDニュースレター, 国立大学医学部附属病院感染対策協議会, 2003, Vol.2

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